ひろく、あまねく

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とあるまち part8(水上集落編完結)

私は結局その集落に3年に渡ってなんども訪れた。住民との信頼関係が徐々に構築されていき、ホームステイできるまでにもなった。子供たちもだんだんと名前を覚えてくれた。

 
私は団体のリーダーを務めるようになり、活動作りや住民との交流よりも、組織をマネジメントすることが一番の役割になっていった。
 
住民との関係が深まり、またボランティア団体への関わりがにつれて私の悩みも深くなっていった。今、私たちには一体何ができているのか。厳しい現実の前に打ちひしがれていた。
 
できないことよりもできることやできていること目を向けようじゃないか。ボランティアだとか、学生だとかそんなことは関係ない。やれることをやっていこう。世界は少しずつかえていける。
 
メンバーに対してはそういう風に鼓舞していたものの、自分自身の悩みは尽きなかった。いろんな意味における「力」が足りなすぎる。根本的に問題を解決したいのなら、やっぱり思いだけでは足りなくて、「力」が必要なんだ。専門性を身につけよう。「力」をつけよう。結論は出ていた。
 
そうして私はリーダーを務めたその渡航を最後に団体の前線からは退いて、後輩たちに後を託した。その後は後方支援という形で関わった。
 
 
就職が決まり、卒業を控えた最後の春休みにプライベートでその集落を訪れた。最後に訪問してから、2年が経っていた。みんな自分のこと忘れちゃってるかなと思いながら集落にはいった。するとこれまでと変わらず、子供たちが集まってきた。そして、私の手を引いて案内をしてくれようとする。通り過ぎる子供が自分の名前を呼んでくれた。そして、一番お世話になった家に入るとそこには二年前と変わらない笑顔があふれていた。
 
この二年間で学習したマレー語を使ってコミュニケーションをとった。みんな喜んでくれたし、驚いていた。直接コミュニケーションが取れることが嬉しかった。仲の良かったその家の子供は大きくなっていた。お兄さんのほうは不良グループの仲間入りをしたらしく、小さい身体に似合わないタバコを一丁前にふかしていた。それでもかつての笑顔が変わっておらず、集落を案内してくれた。
 
帰りの乗合タクシーの中で私は泣いていた。嬉しさもあった。自分の無力さへの悔しさもあった。社会人になることへの不安もあっただろう。涙が止まらなかった。
 
あれから3年が経った。私は社会人3年目を終えようとしている。団体はいまでも活動を続けているが、活動が変わっていた。あの集落にはもう行かなくなってしまったのだ。二度の大火に見舞われ、また政府の監視も厳しくなったこともあり、そういう判断を下したようだ。
 
そして、先日、あの集落がいよいよ解体され、住んでいる人はそれぞれ別のエリアに移住させられることになるという情報が入ってきた。ついにやってきたか。そんな気持ちだった。
 
社会人になり、それなりの仕事をさせてもらっている自覚はあるし、望んでいた「力」は少しずつ身につけられてきていると思う。しかしどうだろう。あの時抱いていた思いや、志、情熱やエネルギーは同じように持てているだろうか。答えは否、である。
 
しかし、あの時全身全霊で活動に打ち込んでいた自分の気持ちは本物だったと思う。本気だったと胸を張って言える。だからこそ、いまの自分が不甲斐ない。悔しい。もどかしい。
 
もう訪れることはないだろうと思っていたが、解体の知らせに気持ちが動かされた。最後にもう一度みんなに会いたい。集落の喧騒に身を投じたい。丘から見える景色を目に焼き付けたい。
 
それは自分にとっても、新たな旅立ちになるだろう。
 
水上集落編 完。